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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14535号 判決

主文

1  被告らは、原告に対し、各自金四〇〇万円及びこれらに対する平成四年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告明治乳製品株式会社は、原告に対し、金一六四〇万円及びこれに対する平成四年九月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、原告と被告榎本邦俊との間においては、被告榎本邦俊に生じた費用の七分の六を原告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告と被告明治乳製品株式会社との間においては、原告に生じた費用の四分の三を被告明治乳製品株式会社の負担とし、その余は各自の負担とする。

5  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

〔以下、認定に供した書証は、特に断らない限り、成立(写しのものは原本の存在及び成立とも)に争いがない。〕

第一  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

第二  被告榎本の責任について

一  競業避止義務(その二)の不履行

1  請求原因4(一)の事実のうち、次の各事実は、当事者間に争いがない。

(一) 被告会社は、昭和六三年九月、株式会社ハーモニーとフランチャイズ契約を締結し、東京都大田区においてコンビニエンス・ストア「ファミリアンドフレンズ北馬込店」を開店し、平成三年二月、ヤマザキとフランチャイズ契約を締結し、東京都中央区《番地略》においてコンビニエンス・ストア「サンエブリー日本橋堀留町店」を開店したが、右各コンビニエンス・ストアがニコマート店と取扱品目、品揃え、経営形態等が類似するものであること。

(二) 被告会社は、株式会社新鮮組本部とフランチャイズ契約を締結し、昭和六三年二月、東京都品川区において、「新鮮組TOC店」を、平成二年から同三年ころ、東京都大田区において、「新鮮組北馬込町店」を、平成三年六月、東京都港区において、「新鮮組浜松町店」を開店したこと。

(三) 被告会社の代表取締役は被告榎本の実父榎本義郎(明治四〇年六月二六日生)であり、その二男である被告榎本は、被告会社の設立以来、専務取締役として代表取締役を補佐し、他の取締役は役職のない長男榎本孝彰、三男榎本秀之及び四男榎本克也が務めていること、被告会社がコンビニエンス・ストア経営を開始した昭和六三年二月以降は、老齢の榎本義郎は実務から遠ざかりコンビニエンス・ストア経営の知識、経験、能力を有する被告榎本が、被告会社の業務執行に当たつてきたこと。

2  《証拠略》に前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告会社が、株式会社新鮮組本部とフランチャイズ契約を締結して東京都港区において開店した「新鮮組浜松町店」及び東京都大田区において開店した「新鮮組北馬込店」もニコマート店と取扱品目、品揃え、経営形態等が類似したコンビニエンス・ストアである(《証拠略》によれば、「新鮮組浜松町店」についての被告会社と株式会社新鮮組本部との契約は、「ファーストフードショップ」の経営に関する契約書により締結されたものであることが認められるが、《証拠略》によれば、「新鮮組浜松町店」の取扱商品が弁当のみに限られていないことが認められ、被告榎本も本人尋問の際、「新鮮組北馬込店」についてはコンビニエンス・ストアであることを自認していることに照らせば、《証拠略》の記載によつて、右認定を左右するに足りない。他方、「新鮮組TOC店」については、原告の従業員であつた佐草右造自身証人尋問及び乙第八号証において弁当の販売等が主たる業務であることを認めており、これをニコマート・システムによる事業ないし営業活動と競合関係に立つ営業を営んでいるものと認めるに足りる証拠はない。)。

(二) 被告会社は、昭和四〇年一二月一一日設立され、代表取締役である榎本義郎の住所に本店を置き、資本金一六〇〇万円、従業員数はパートも含め約一五〇名で、売上高年間約二八億円の、牛乳・アイスクリーム・飲料水・乳製品・パン・菓子・弁当等食品類の卸小売業、ビルの賃貸・管理並びに運用等を目的とした株式会社である。

榎本義郎は明治四〇年生まれで高齢であることもあり、重要事項の決定は最終的に榎本義郎が行つていたものの、あまり被告会社に出勤することはなく、取締役には榎本義郎の四人の息子が就任しており、右四名の取締役がそれぞれ担当を分担して業務の執行に当たつていた。

(三) 被告榎本は、被告会社設立当初から、専務取締役として主として明治乳業株式会社との取引関係を担当していたが、被告会社がコンビニエンス・ストア経営を開始した昭和六三年二月以降、少なくともコンビニエンス・ストア経営に関しては、被告榎本が、被告会社の業務執行につき中心的な役割を担つていた。

被告榎本は、平成二年一〇月ころ、ヤマザキからコンビニエンス・ストアの経営を勧誘され、被告会社としてこれを経営したい旨の希望をヤマザキが了承したため、被告会社がヤマザキとの間でフランチャイズ契約を締結することとなつた。そして、東京都中央区日本橋保健所に対する食品営業許可申請を被告榎本個人が行い、右許可を得たうえ、右契約締結にいたり、その際被告榎本がヤマザキとの間で連帯保証契約を締結した。

なお、被告榎本は、原告との本件各契約締結の際も被告会社名義で契約を締結したい意向であつたが、原告において、法人でなく個人が契約主体となることを求めたため、被告榎本がフランチャイズ契約の契約当事者となつたものである。

3(一)  ところで、《証拠略》によれば、本件各契約四七条一項四号には、原告は、被告榎本が「競業他者の経営に関与し、もしくはこれらのものと業務提携あるいはフランチャイズ関係を結んだとき」通知・催告をしないで、ただちにこの契約を解除することができる旨規定されていることが認められ、被告榎本が、本件各契約において、競業他者、すなわちニコマート・システムによる事業ないし営業活動と競合関係に立つ営業を営む他者の経営に関与し、もしくはこれらのものと業務提携をしない義務を負うことは、当事者間に争いがない。

(二)  原告は、右「競業他者」とは、フランチャイズ契約の一方当事者である原告の行つているニコマート・フランチャイズ・システムによるコンビニエンス・ストア事業ないし営業活動と競合関係ないし競業関係に立つ者を意味し、フランチャイジーである被告会社もこれに当たる旨を主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、本件各契約の文言上は「競業他者の経営に関与」することと、「これらのものと業務提携あるいはフランチャイズ関係を結」ぶことが並列的に記載されており、この文言の解釈としてはその前段はフランチャイザーとしての経営に関与することであり、後段はフランチャイジーとしてフランチャイザーと契約を締結することであるものと解するのが相当であり、また、《証拠略》によれば、本件各契約前文第三項には、「この契約において、原告及び被告榎本は、相互の信頼と共存共栄の精神に基づき、原告が独自に開発したコンビニエンス・ストア事業のための独特の経営ノウハウを活用して統一性のある事業イメージのもとに、フランチャイズ・システムによるコンビニエンス・ストアを開店し、原告・被告榎本協力し、事業の発展をはかるとともに地域社会に対する奉仕と消費生活への貢献を目的とする。」旨記載されていることが認められることに照らせば、右「競業他者」についての契約条項の趣旨は、本件各契約において、原告が加盟店に提供する商品の陳列、仕入れ、管理等の方法、価格の設定を含む販売方法、売筋情報等の経営にかかわる情報は、フランチャイズ契約によるコンビニエンス・ストアの経営にとつて、本質的かつ根本的な重要性を有する事項であり、これが原告と競合関係ないし競業関係に立つ者に漏洩されることを防止し、営業秘密を保守させるための方法として定められたものと解されるから、結局、右「競業他者」とは、原告の行つているフランチャイズ・システムによるコンビニエンス・ストア事業ないし営業活動と競合関係ないし競業関係に立つ者、すなわちフランチャイザーをさすものと解するのが相当である。

(三)  なるほど、原告の競業他者にあたるヤマザキや株式会社新鮮組本部とコンビニエンス・ストア事業にかかるフランチャイズ契約を締結したのは被告会社であるけれども、前記認定のとおり、被告榎本と被告会社は密接な関係があり、被告榎本は、被告会社がコンビニエンス・ストア経営を開始した昭和六三年二月以降、少なくともコンビニエンス・ストア経営に関しては、被告会社の業務執行につき中心的な役割を担つており、しかも被告榎本自身、原告との関係では個人として、ヤマザキ等との関係では被告会社として、コンビニエンス・ストア経営に関するフランチャイズ契約を締結し、それぞれ現実に経営するなどいわば個人と会社を自在に使い分けており、ことにヤマザキとのフランチャイズ契約につき連帯保証人となり、食品営業許可についても個人名義で許可を得ていることからすれば、少なくともコンビニエンス・ストアの経営に関する業務については、被告榎本は、被告会社と信義則上同視すべきものと認められるから、結局、被告榎本は、「競業他者とフランチャイズ契約を結んだ」ものとして、本件各契約における競業避止義務(その二)に違反したものといわざるを得ない。

4  被告らは、右競業避止義務の規定は、独占禁止法で禁止された不公正な取引方法に該当し、民法九〇条により私法上の効力も無効である旨を主張する。

しかしながら、本件各契約の右競業避止義務の規定は、前記のとおり、原告が加盟店に提供する経営にかかわる情報は、フランチャイズ契約によるコンビニエンス・ストアの経営にとつて、本質的かつ根本的な重要性を有する事項であり、これが原告と競合関係ないし競業関係に立つ者に漏洩されることを防止し、営業秘密を保守させるための方法として定められたものであるから、これを実現するために必要な範囲で被告榎本に競業避止義務を課することには、合理性があり、右条項が自由な競争の促進を阻害するとか、市場における公正な競争秩序に悪影響を与え、フランチャイジーの営業の自由を不当に制限するものであるとはいえない。

したがつて、本件各契約の右競業避止義務の規定は、独占禁止法に違反するものではないし、民法九〇条により私法上無効であるということはできない。

5  被告らは、また、原告が本件各契約締結にあたり、被告会社が他のコンビニエンス・ストアのフランチャイジーをすることが義務違反になることを告知しないで、被告榎本に債務不履行を主張することは、信義則に違反する旨を主張する。

しかしながら、本件各契約における競業避止義務の規定は、契約上明記されており、原告においてことさらこれを告知しなければならない事情は見当たらないし、被告榎本において、むしろ、被告会社がコンビニエンス・ストアの経営部門に参入することになつたときに、原告に確認すればすむことであつて、原告の請求を信義則に違反するものということはできない。

二  営業秘密保守義務の不履行

1  請求原因4(二)(1)(2)の各事実は、当事者間に争いがない。

2  《証拠略》に前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告榎本は、本件各契約締結の際、原告から次の内容の本件各契約六条一項、四七条一項四号等所定の経営機密資料の交付を受けた。

(1) ニコマート・システム・マニュアル(各一冊)。ニコマート目黒店及び新高円寺店運営のための手引書であり、設備管理、商品管理、従業員管理等を内容としている。

(2) ニコマート・オペレーション・マニュアル(各一冊)。従業員のトレーニングの手引書であり、トレーニングの基本スケジュール、主要商品と管理方法、事故防止と安全対策等を内容としている。

(3) モデル・レイアウト表(各一冊)。設備機器のレイアウトである。

(4) 商品陳列マニュアル(標準ゴンドラ台帳、各一綴)。中分類した商品群を売台の棚板ごとに陳列を指示したものである。

(5) 販売(鮮度)保証期間一覧(各一冊)。各店舗の販売保証期間の一覧表である。

(6) 商品分類一覧表(各一冊)。各店舗の販売商品を大分類、中分類、小分類にわけ、新鮮な売筋、死筋商品情報、店舗の販売商品政策情報、商品別利益貢献度情報等を取り出している。

(7) 発注台帳兼商品リスト(オーダーブック、各一冊)。発注日ごと、商品の共同発送センターごとに、商品貢献度の高い商品を登録してある発注台帳である。

(二) 原告は、被告榎本に対し、本件各契約締結後終了まで、各店舗ごとに次の内容のニコマート・システムの経営ノウハウを継続的に提供した。なおこれらの経営ノウハウの送付にあたつては、被告榎本の申し入れにより、当初から、被告会社の所在地に宛て、「被告会社内の被告榎本」に対し、送付されていたものである。

(1) ゴンドラ台帳維持システム。標準ゴンドラ台帳を年二回変更し、さらに毎週一回商品情報を送り、標準ゴンドラ台帳の修正、削除、追加登録を行うものである。

(2) オーダーブックの維持システム。オーダーブックの台帳を追加、修正、削除する情報を送付する仕組みである。

(3) 仕入ベースPMA(各店舗別商品群別商品動向分析情報)。各店舗別にどの商品群を中心に品揃えをするかに活用するためのものである。

(4) 月次営業管理表。店舗ごとの一か月間の営業実績が、日別に記録されたものである。

(5) 店舗別日別支払い明細書。店舗ごとの一か月間の仕入実績が、日別仕入先別に記録されたものである。

(6) 財務会計月次報告書。経営実績表、経営管理表、本部支払明細書、総勘定元帳、消費税明細書、仕入金額一覧表、店舗仕入明細表、店舗営業明細表等である。

(三) 原告は、被告榎本に対し、平成四年四月六日到達の「契約解除通知書」と題する書面により、ニコマート・システムに関するマニュアル資料その他の経営機密資料を原告に返還することを求め、その後、同年六月五日、東京地方裁判所平成四年ヨ第二七五四号、同第二七三八号、同第二七五五号仮処分申請事件において成立した和解により、被告榎本は、原告に対し同月一五日限り、ニコマート目黒店及び新高円寺店についての右(一)(1)ないし(7)の経営機密資料を引き渡すことを約した。

ところが、被告榎本は、前記経営機密資料を右期限までに返還しなかつたため、原告は、被告榎本に対し、同年八月八日到達の「催告書」と題する書面により、ニコマート目黒店分の右(一)(1)ないし(6)、新高円寺店分の右(一)(6)の経営機密資料を原告に返還することを求めたが、被告榎本は、同月一一日差出の「回答書」と題する書面により、マニュアル等を確かに受領したか記憶がなく、店内を十分捜したが見当たらないとして、発見でき次第返還する旨回答したまま今日に至り、結局、被告榎本は右経営機密資料を原告に返還しなかつた。

3  右認定のように、被告榎本は、原告から交付を受けた本件各契約上の経営機密資料中、ニコマート目黒店分の右(一)(1)ないし(6)、新高円寺店分の右(一)(6)の資料について、店内を十分捜したが見当たらないというのみで、具体的な滅失理由を挙げることなく返還しておらず、それらの資料はかなりの丁数からなるもので、一、二枚の紙からなるもののようにどこかに紛れ込むというものとは考えにくいこと、ニコマート目黒店及び新高円寺店についての前記のような内容の経営機密資料は、被告会社にとつて同種のコンビニエンス・ストアの経営という観点からも、また、とりわけ、ニコマート堀留町店の至近距離でサンエブリー日本橋堀留町店を経営する立場からも有用なものと考えられること、本件各契約の締結後継続的に提供された右1(二)の各情報、資料は被告会社内の被告榎本宛に送付されたこと等を総合すれば、被告榎本は原告から提供された経営機密資料、情報を被告会社の経営するサンエブリー日本橋堀留町店等のコンビニエンス・ストアの経営上、少なくとも参考資料として利用して、ニコマート店の経営以外に使用し、第三者に漏洩して、営業秘密保守義務に違反したものと認められる。

4  被告らは、原告の経営機密資料は他店では利用できないものであり、ヤマザキの経営指導が行き届いていたから、これを漏洩する必要性もなかつた旨主張し、被告榎本本人尋問の結果中にもこれに沿う供述がある。

しかしながら、右1認定のとおり、被告榎本は、具体的な理由も挙げないまま原告との裁判上の和解条項に反して、いまだに原告の経営機密資料の一部を返還していない以上、これが被告会社を含む第三者に漏らされた蓋然性は高い上、被告榎本個人としてニコマート目黒店及び新高円寺店の経営をして原告から1認定のような内容の経営機密資料や情報の提供を受けながら、同時に、被告会社のコンビニエンス・ストア部門の実質的権限を握つて被告会社としてサンエブリー日本橋堀留町店外のコンビニエンス・ストアを経営していたのであるから、被告榎本の右供述部分はたやすく信用できない。

三  競業避止義務(その一)の不履行

1  請求原因4(三)(1)の事実は当事者間に争いがない。

2  右事実に前記一3認定の事実を総合すれば、被告榎本と被告会社は、少なくともコンビニエンス・ストアの経営に関しては、信義則上同一視されるべきであるところ、被告会社は、前記のとおり、サンエブリー日本橋堀留町店を経営していたものであるから、右行為は、本件各契約書第二九条第二号に定める、ニコマート目黒店及び新高円寺店以外の場所で、ニコマート・システムによる事業ないし営業活動すなわちコンビニエンス・ストアの経営を行つたことに該当し、競業避止義務(その一)に違反したものである。

3  被告らは、右競業避止義務の規定は、独占禁止法で禁止された不公正な取引方法に該当し、民法九〇条により私法上の効力も無効である旨を主張する。

しかしながら、本件各契約の右競業避止義務の規定は、前記一4認定のとおり、独占禁止法に違反するものではないし、民法九〇条により私法上無効であるということはできない。

四  以上のとおり、被告榎本は、原告との本件各契約につき、債務不履行責任を負う。

五  原告は、被告榎本の前記各債務不履行は、不法行為をも構成すると主張するので、被告榎本の、営業秘密保守義務違反に相当する行為が不法行為を構成するか否かの判断はさておき、競業避止義務(その一、その二)違反に相当する行為が不法行為を構成するか否かについて判断する。

ある業種のフランチャイズ契約において、フランチャイジーの立場にある者が、同じ業種について他のフランチャイザーと契約を締結することは、営業の自由の範囲内の行為であり、社会的な違法性は認められず、本件において競業避止義務(その一、その二)違反に相当するとされた前記認定の各行為も債務不履行としての違法性は認められても、不法行為の要件としての違法性は認めることはできない。したがつて、その余の点について検討するまでもなく、競業避止義務(その一、その二)違反に相当する行為が不法行為に該当する旨の原告の主張は失当である。

第三  被告会社の責任について

一  被告榎本の競業避止義務(その一、その二)の違反行為についての被告会社の不法行為の成否について

被告会社のコンビニエンス・ストア経営に関する業務について、被告榎本は取締役として業務執行につき中心的な役割を担つていたこと、被告榎本と被告会社とは信義則上同視すべきものと認められること、被告会社が原告の競業他者とフランチャイズ契約を結びサンエブリー日本橋堀留町店外の店舗を経営したことが、本件各契約における被告榎本の競業避止義務違反と評価されるものであることは、前記認定のとおりであり、これを被告会社から見れば、被告会社のコンビニエンス・ストア経営に関する業務の執行について中心的な役割を担つていた取締役である被告榎本が、個人としての被告榎本が本件各契約において競業避止義務(その一、その二)を負つていることを充分に知りながら、あえて原告の競業他者である訴外ヤマザキ及び株式会社新鮮組本部とコンビニエンス・ストア事業にかかるフランチャイズ契約を締結し、現実に原告の経営するニコマート堀留町店と至近距離にあるサンエブリー日本橋堀留町店等のコンビニエンス・ストアを経営して、右のとおり本件各契約における被告榎本の競業避止義務違反と評価される行為をしたのであり、営業活動の自由を越えて原告の本件各契約上の債権を違法に侵害した被告会社の不法行為といわざるをえない。

二  被告榎本の営業秘密保守義務の違反行為についての被告会社の不法行為の成否について

被告榎本は、原告から提供された経営機密資料、情報を被告会社の経営するサンエブリー日本橋堀留町店等のコンビニエンス・ストアの経営上、少なくとも参考資料として利用して、ニコマート店の経営以外に使用し、営業秘密保守義務に違反したものであることは前記認定のとおりであり、右一と同様に、被告会社のコンビニエンス・ストア経営に関する業務の執行について中心的な役割を担つていた取締役である被告榎本が、個人としての被告榎本が本件各契約において営業秘密保守義務を負つている経営機密資料、情報であることを充分知りながら、あえて被告会社の経営するサンエブリー日本橋堀留町店等のコンビニエンス・ストアの経営上、少なくとも参考資料として利用し、ニコマート店の経営以外に使用したのであり、被告会社として原告の本件各契約上の債権を違法に侵害した不法行為といわざるをえない。

三  以上のとおり、被告会社は、被告榎本の競業避止義務(その一、その二)違反、営業秘密保守義務違反に関して、原告の債権を違法に侵害した不法行為により原告に生じた損害を賠償すべき責任があるところ、右損害賠償債務は、事柄の性質上被告榎本の負担する債務不履行による損害賠償債務と不真正連帯の関係にあるものと解するのが相当である。

第四  損害の範囲

一  請求原因8(一)(1)のうち、原告が昭和六三年七月からニコマート堀留町店を直営していたところ、これと同一商圏内の至近距離に、平成二年七月ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店を直営店として出店し、平成三年二月、被告会社がサンエブリー日本橋堀留町店の営業をフランチャイジーとして開始したこと、請求原因8(三)(1)の事実、被告らの主張3のうち、本件各契約の約定及び別訴の提起の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠略》に前記争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

1  平成元年七月から平成二年六月までの一年間における原告のニコマート堀留町店の商品売上高は一か月平均約一六八六万七〇〇〇円、客数は一か月平均約三万四九〇〇人、経常利益は一か月平均約一三三万五〇〇〇円であり、サンエブリー日本橋堀留町店が開店した平成二年七月には経常利益が一か月七三万七二七〇円、同年八月には経常利益が一か月六三万九八五一円、同年九月には経常損失が一か月二八万六一八五円、同年一〇月には経常利益が一か月五九万六二一七円、同年一一月には経常利益が一か月三二万九九四四円、同年一二月には経常利益が一か月二七万八九一〇円、平成三年一月には経常利益が一か月一〇万八七〇六円となり、平成二年七月から平成三年一月までの原告のニコマート堀留町店の商品売上高は一か月平均約一一五〇万三〇〇〇円、客数は一か月平均約二万二四〇〇人、経常利益は一か月平均約三四万三〇〇〇円であつた。また、被告会社がサンエブリー日本橋堀留町店の営業をフランチャイジーとして開始した同年二月以降は、同年四月まで利益があつたものの、五月以降損失が続き、平成三年二月から平成四年一月までの一年間における原告のニコマート堀留町店の商品売上高は一か月平均約九四一万八〇〇〇円、客数は一か月平均約一万九九〇〇人、経常損失は一か月平均約三三万八〇〇〇円であつた。

2  本件各契約四九条一項には、四七条及び四八条により、原告または被告榎本から契約の解除がなされた場合には、その責を負うべきものは、相手方の被つた損害に対する賠償として、相手方に対し、附属明細書(5)の三項に定めるロイヤルティの一二〇か月分相当額を支払わなければならない旨規定されている。

また、本件各契約四九条二項には、前項の規定にかかわらず、四七条一項三号及び四号に違反して、原告の商標、著作等に関する権利を侵害しまたは経営機密資料及び原告の企業機密を第三者に洩したときは、少なくとも二〇〇万円を前項の金員に加算して、原告に支払わなければならない旨規定されている。

さらに、本件各契約六二条一項には、原告または被告榎本は、そのいずれかがこの契約期間中、各条項の定めに違反し、または義務の履行を遅滞した場合は、契約の解除が行われると否とにかかわらず、相手方の被つた損害を賠償しなければならない、ただし、当該条項につき、とくに損害賠償の額に約定があるときは、その定めに従う旨規定されている。

3  原告は、平成四年四月六日に被告榎本に到達した契約解除通知書で、本件各契約の四七条二項一号、二号及び四七条一項三号、四号該当を理由に、本件各契約を解除する意思表示をしたうえ、東京地方裁判所平成四年(ワ)第一二六七七号、同第一四四〇一号、同第一八四九五号事件として、被告榎本及び本件各契約の連帯保証人であつた榎本秀之、同山崎雅弘を相手方として、被告榎本の前記営業秘密保守義務違反、競業避止義務(その二)違反、競業避止義務(その一)違反に基づく債務不履行を請求原因として、本件各契約第四九条第一項により、ロイヤルティの一二〇か月分である六七二〇万円の損害賠償請求の訴を提起した。東京地方裁判所は審理の結果、平成六年一月一二日、被告榎本らの行為を債務不履行と認めたうえ、ロイヤルティの一二〇か月分という賠償予定額中、適正な賠償予定額であるロイヤルティの三〇か月分を超える部分は公序良俗に反し無効である旨判断し、被告榎本及び連帯保証人に対し、本件各契約毎(店舗毎)につきロイヤルティの三〇か月分、合計一六八〇万円の損害賠償を命ずる判決を言渡した。

右判決については控訴が申立てられ、右事件は現在東京高等裁判所に係属中である。

三  被告榎本の損害賠償額

1  本件請求原因によれば、原告は、損害算定の前提として、被告らの営業秘密保守義務違反、競業避止義務(その二)違反を競業避止義務(その一)違反と不可分一体の行為としてとらえ、それらの行為による実損害を原告のニコマート堀留町店の営業実績により算定して第一次主張とし、競業避止義務(その一)違反に相当する行為による実損害として同じ金額を第二次主張としているものである。

しかしながら、二2に認定した本件各契約の六二条一項、特にその但書の規定は、四九条一項、二項の規定が民法四二〇条一項所定の損害賠償の額の予定であることを定めたものと解すべきところ、損害賠償の額の予定が定められた場合、その約定の額とは別に、実損害額を請求することは許されないものと解するのが相当である。

したがつて、原告の被告榎本に対する第一次主張及び第二次主張中債務不履行を理由として、その実損害を損害額とする主張は理由がない。

このことは、右二3に認定した別訴の第一審判決で、ロイヤルティの一二〇か月分すなわち合計六七二〇万円という本件各契約における損害賠償額の予定が著しく高額であつて、本件における適正な賠償予定額である三〇か月分のロイヤルティすなわち一六八〇万円を超える部分が無効であるとして、一六八〇万円のみの損害賠償が命じられており、たとえこの判決が確定した場合であつても、同様である。

次に、被告榎本の競業避止義務(その一、その二)違反に相当する行為が不法行為と認められないことは第二、五に判断したとおりである。

したがつて、原告の被告榎本に対する第一次主張及び第二次主張中、競業避止義務(その一、その二)違反に相当する行為が不法行為であることを前提とする主張も理由がない。

更に、被告榎本の営業秘密保守義務違反に相当する行為が原告主張のとおり不法行為をも構成する、あるいは不正競争防止法二条一項七号の不正競争行為に該当すると仮定しても、原告が主張するニコマート堀留町店の営業実績から算定した損害額の全部又は一部が右不法行為あるいは不正競争行為と因果関係があることを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、原告の被告榎本に対する請求原因8(一)(二)の損害額の主張は認められない。

2  被告榎本が経営機密資料及び情報を第三者に漏らしたことは、前記第二の二2に認定したとおりであり、この行為は、本件各契約四七条一項三号、四号に違反するものであるところ、前記二2のとおり、本件各契約四九条二項によれば、同条一項の規定にかかわらず、四七条一項三号、四号に違反して経営機密資料及び原告の企業秘密を第三者に漏らしたときは、少なくとも二〇〇万円を前項の金員に加算して、原告に支払わなければならない旨規定しているのであるから、被告榎本は本件各契約四九条二項の定める加算分の損害賠償額の予定として、各契約毎に各二〇〇万円(合計四〇〇万円)を支払うべきものである。

四  被告会社の損害賠償額

1  被告会社は、前記第三の一、二に認定した不法行為に基づき、原告が被つた損害を賠償すべきところ、前記二認定の事実によれば、原告のニコマート堀留町店の商品売上高、客数、経常損益を、ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店の営業を始める前とその後を比べると、ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店の経営を始めた平成二年七月ころから商品売上高、客数、経常利益が低下し始めたものの、一応利益を計上する状態であつたが、被告会社がサンエブリー日本橋堀留町店の経営を開始した平成三年二月以降は、商品売上高、客数、経常利益が更に低下し、顧客がある程度定着したと思われる平成三年五月以降は毎月損失を計上するようになつたこと、ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店の経営を始める直前の一年間と、被告会社が同店を経営し始めて最初の一年間の一か月平均経常損益を計算すると、サンエブリー日本橋堀留町店開店前が一か月平均約一三三万五〇〇〇円の経常利益であつたのに、被告会社の経営時代は一か月平均約三三万八〇〇〇円の経常損失となり、その経常損益の差は一か月当たり約一六七万三〇〇〇円であつたことが明らかである。そして、被告会社は、ヤマザキが約七か月間サンエブリー日本橋堀留町店を経営し、ニコマート堀留町店の営業成績を低下させる影響を生じた後にサンエブリー日本橋堀留町店の経営を引き継いだものであるが、同店の経営を引継ぐことにより、ニコマート堀留町店に生じていた至近距離の競争店の出現による営業成績の低下を固定し、更に悪化させたものであり、被告会社の損害賠償額の算定にあたつて、サンエブリー日本橋堀留町店の開店前と被告会社が同店を経営し始めて後のニコマート堀留町店の経常損益の差を算定の基礎とするのが相当である。更に、被告会社の不法行為は原告の主張するとおり、少なくとも平成三年二月から本件各契約が解除された平成四年四月六日まで約一四か月余り継続したものと認められる。

ところで、コンビニエンス・ストアの商品売上高、客数や損益は、競合する店舗の出現以外のさまざまな要因にもよることは公知の事実であるから、ニコマート堀留町店の至近距離で、ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店の営業を始める前と被告会社が右店舗の経営をするようになつた後とを比べてその間の一か月平均の利益の減少がすべて被告会社の不法行為によるものであるとまではいえないけれども、被告会社の不法行為によつて、ニコマート堀留町店の商品売上高、客数や利益の減少が維持固定され、ますます悪化したものであることは動かし難く、右不法行為と相当因果関係にある原告の損害額は、ヤマザキがサンエブリー日本橋堀留町店の営業を始める前と被告会社が右店舗の経営をするようになつた後を比較して、一か月平均一六七万三〇〇〇円減少した経常利益の額に一四か月を乗じた額のうち、およそ七割にあたる一六四〇万円と認めるのが相当である(なお、被告会社の右金額の支払義務は、前記二3に認定の別訴において被告榎本らが請求されている損害賠償額の予定の支払義務(その存在が確定した場合)と不真正連帯の関係にあるものと解する。)。

被告らは、別訴判決により損害賠償が認められている以上、被告会社に対しても本訴によつて損害賠償を求めることができない旨主張するが、別訴判決が確定したわけではなく、まして、被告榎本らにより弁済がされたわけでもない以上、被告らの右主張は理由がない。

2  また、本件各契約四九条二項の規定は、四七条一項三号、四号に違反して経営機密資料及び原告の企業秘密を第三者に漏らしたとき、原告に無形の損害が生じることそれ自体は確実であつても、その額の立証が困難であることにも鑑み、加算する損害賠償額を予定したものと解するのが相当であるところ、被告会社は、本件各契約の当事者ではないが、被告会社がコンビニエンス・ストアの経営に関する限りは、信義則上被告榎本と同視しうるものであり、まさにそのことにより被告榎本の債務不履行責任と共同する不法行為責任を負うものであり、被告会社としても右のような条項があることを知りながらこれを意に介さず前記のような不法行為をしたものといえることからすれば、被告会社についても、営業秘密保守義務についての債権侵害による損害の額としては、本件各契約四九条二項に定められた各二〇〇万円(合計四〇〇万円)と認めるのが相当である。

第五  結論

よつて、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は、被告らに対し連帯して四〇〇万円、被告会社に対し一六四〇万円及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である平成四年九月九日から支払済まで民法所定年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言については同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 高部真規子 裁判官 桜林正己)

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